安全な交通社会の実現に向けて、多くの企業が交通事故の予防安全技術の開発に力を注いでいる。株式会社SUBARUでは50年以上前から独自の予防安全技術を磨き続け、数々の優れたシステムを生み出してきた。しかし、限られた自動車用半導体リソースでこれまで以上に高い安全性能を追求するためには、より幅広い知見と工夫が必要とされる。そこで、集合知を活用した技術開発を推進するために、今回のコンペティションが開催される運びとなった。 コンペティションの内容は、株式会社SUBARUの安全運転システム「アイサイト」の動画像データを使用して、先行車の速度を予測するアルゴリズムを作成するもの。天候や時間帯によってデータにばらつきがあり、物体認識および物体に対する高精度な距離の測定が必要とされる、難易度の高い内容だ。 今回のコンペティションで見事1位に輝いたohkawa3さんに、本コンペティションへの参加を決めた経緯や、取り組みにおける工夫、今後の展望について率直にお話しいただいた。


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スキルの客観評価に、コンペティションが最適だと考えた。

AIや機械学習については学生の頃から触れてきましたし、現在の業務でも手書きで記載された住所を認識するシステムのコアエンジンの開発を手がけているため、AI自体は割と身近な存在ではありました。そんな中、コンペティションに参加しようと思ったのは、自分のAIスキルの客観的な評価を知りたかったため。日々AIに触れることのできる環境で働いていることにやりがいを感じつつ、社内評価ではなく社会での客観的な評価として、自分のAIスキルがどれほどのレベルに値するのか知りたいと思っていたのです。 画像認識技術はここ10年ほどで飛躍的に向上し、現在でも日々進化していることもあり、最先端技術の知見を取り入れ、スキルを習得しなければと考えていたことも理由の一つです。業務でのみAIに触れているとどうしても自分が慣れている手法ばかり選んでしまい、思考や技術の選択肢が凝り固まってしまう。このままではAI技術の最前線から遅れてしまうのではという危機感を覚えたのです。 どうやって最前線の技術を身につけようか、と考えたときに目をつけたのがコンペティションでした。書籍を読んだり、eラーニングを取り入れる方法もありますが、コンペティションで勝つためには、トレンドとなっている技術も取り入れながら、さまざまな視点から試行錯誤を繰り返す必要があります。そのため、最先端の技術を活きたスキルとして身につけるにはコンペティションが最適だと考えたのです。 そこで3年ほど前に初めてSIGNATEさんのコンペティションに参加しました。しかし、この手法が最適なのか、違う手法も試してみるべきか、そもそもこの手法の何が精度に寄与したのかといった分析をしないまま終わらせてしまったので、あまり手応えを感じられなかったのが正直な感想です。その後、業務が多忙になったこともあり、しばらくの間はコンペティションから離れてしまっていました。

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一筋縄ではいかない課題だからこそ、どう工夫しようかワクワクして取り組めた。

コンペティションへの参加からは離れてしまっていたものの、その後も開催情報を定期的にチェックしていましたし、興味があるテーマのコンペティションであれば、概要には目を通していました。それを続けているうちにまたチャレンジしたいと意欲が高まり、最近では3カ月に1度ほどのペースで参加するようになっています。 今回のコンペティションへの参加を決めた理由は、工夫できるポイントが多いと感じたこと。これまで参加してきたコンペティションは過去の似たコンペティションの解法を引用したり、ハイパーパラメータを調整するだけでもそれなりの精度が出るものが多いように感じていましたが、今回のコンペティションはそれらとは異なっていました。例えば、走行時の天候や自動車のワイパーの影。これらの外れ値を補完しなければ精度が出せないのですが、それを「どう工夫して乗り越えようか」とワクワクしながら考え始めている自分に気づき、参加を決めました。 まず取り組んだのは、4つのモジュールに分けること。先行車の速度を予測するために動画データの情報を利用するのですが、動画はデータ容量が大きいためモデルにそのまま入力すると計算コストやメモリ使用量が大きくなってしまう。そこで、動画データをすべてまとめて入力するのではなく、1フレームごとに切って処理することを前提にして、先行車両を検出するモジュール、先行車両と自車両との距離を算出するモジュール、欠損値の取り除きと外れ値の補完を行うモジュール、そして速度回帰のモジュールの4つに分けてアルゴリズムを作成したのです。 特に試行錯誤したのは3つ目のモジュールです。視差が全く取れないような画像データが動画の中に複数枚混ざってしまうとスコアの値が大きく変わってしまうため、どのようにして補完すべきか3週間ほどかけて検討しました。参加期間の半分以上はこの部分の改善に費やしましたね。最終的には、RANSACというモデルを用いて欠損値を無視してフィッティングすることで、精度を向上させることができました。

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新たな手法を身につけるには、なりふり構わず吸収することが大切。

もう一つ、今回自分なりに工夫したポイントは、速度回帰のモジュールにおけるデータオギュメンテーションです。先行車両との距離シーケンス、自車速度、先行車両速度の関係は簡単な数式で記述できる。だから重み付き足し算でデータオギュメンテーションを行うミックスアップが使えるのではないかと思いついたのです。とはいえ、ミックスアップはあくまで分類タスクの文脈で提案されたデータの内挿を行う手法です。今回は回帰のタスクであるため、そのまま使用してしまうと目的変数である先行車両速度の分散が小さくなる難点がありました。どうしたらその課題を解決できるか悩みながら調べていたところ、負の係数を用いることで、データの外挿と実現し、分散を保てるとの情報を見つけました。その値を参考にしながら自分で係数を微調整し、かなり高い精度を出すことができました。 また、精度を高められたのはもちろんですが、ミックスアップという新しい手法を習得できたことがとても嬉しかったですね。過去の類似コンペティションの解法や、論文といった信頼性の高い情報はもちろんのこと、SNSでの投稿なども含めて、使える可能性があるものはすべて使う。そんな貪欲な姿勢があったからこそ、今まで使用したことがない手法に挑戦することができたのかなと思っています。

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周りの社員のコンペティション参加を後押しし、社内全体の開発スキルを上げていく。

結果として1位入賞できたのはもちろん嬉しいですが、これまで使ったことがなかったミックスアップに挑戦して、知識レベルから実務レベルに上げられたことに大きな達成感を感じています。また、時系列データをきちんと扱ったことがなかったので、今回生のデータに触れることができた経験も今後に活かせると思っています。さらに、コンペティション参加への最初のきっかけである、社会的に見た自分のスキルのレベルを知りたいという思いに対して、今回1位を獲得でき、社会で通用する一定以上のスキルがあると分かり、自信につながりました。 今後の直近の目標としては、まずはSIGNATEでグランドマスターになることを目指しています。あと1つゴールドを取ればグランドマスターに上がれるので、自分の得意な画像認識系のコンペティションで結果を出したいです。長期的な目標は、周りの社員も気軽にコンペティションに参加できるよう、率先して社内にはたらきかけていくこと。自分の経験からも、コンペティションへの参加は、業務を超えてスキルの幅を広げる絶好の機会になると感じています。周りの社員たちにも、この機会をうまく活用してもらうことで、社内全体の開発スキルを向上させていく。その旗振り役になれるよう、今後もコンペティションに参加し続けながら、知見を周りにも共有することで一人でも多く「コンペティションに参加してみたい」と思う社員が増やせたらと思います。

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コンペティション参加を検討している方へのメッセージ

とりあえず、自分なりの仮説を立てて参加してみるのがよいのではないでしょうか。課題に目を通して、どんなアプローチが最適か仮説を立てる。それが結果的に合っていれば成功体験として自信になりますし、たとえ間違っていたとしても、仮説のどこが間違っていたのかが分かれば今後につながっていく。その繰り返しによって仮説の精度も上がり、仕事でも役立つ課題解決力が身につくのではないでしょうか。 <株式会社SUBARU主催「SUBARU画像認識チャレンジ」の入賞者レポートはこちら>

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