
AIを用いた高度な計算や膨大なデータ処理が可能となった今、AI分析による技術革新が加速し、AI分析で扱えるデータの種類も増えている。一方でまだあまり研究が進んでいない領域があるのも事実であり、脳波や筋電位といった生体信号もその一つである。生体信号はノイズを含んでいることが多く、解析技術の発展がなかなか進んでいないのだ。しかしAIを使って生体信号をより高度に分析できるようになれば、身体能力のサポートや暗黙知の転移など、人間の能力の補完・拡張につながる可能性がある。そこで今回、走行中のスケートボーダーから記録した生体信号を用いて、脳波や筋電位から挙動を予測するコンペティションが開催されることとなった。工学知識に加え、生理学知識や電磁気学知識など多領域の知識を必要とされるコンペティションであるため、その難易度の高さに参加者たちは頭を悩ませた。 そんな本コンペティションで、テーマ2の「スケートボーダー重心位置予測チャレンジ」にて3位、また審査員特別賞に入賞した中村秀司さんは、本職で画像認識システムの開発に携わりながら本コンペティションに臨んだという。果たして、今回のコンペティション参加の動機とは何だったのか。そして、どのようにして入賞に漕ぎ着けたのか。取り組みにおける工夫、参加で得られた学びについて率直に伺った。
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学んだAI技術を活かす場がほしいと思っていた中、SIGNATEに出会った。
大学で情報工学について学んだ後、入社から現在に至るまでさまざまな車両システムの開発に携わってきました。そんな中、AIに対する注目度が世界中で高まってきているのを受け、自動車業界でも近いうちに求められるだろうから、AI人材の育成に力を入れようという動きが活発化したのです。そこで2018年に、社内のAI技術を強化するためのワーキンググループが発足し、私も立ち上げメンバーとして参加しました。このワーキンググループの最終目的は、社員それぞれが技術を獲得することですが、そのためにはAI技術について教えられる人材を育てる必要があります。そこでまずは、私自身がAI技術とは何なのか、どのような領域で活かせるのかといった基礎的な知識を習得し、それを教えるための動画づくりから始めました。その後、実際に自分たちでモデルを作ってみたり、AI技術者向けの資格であるE資格を取得したりと、段階的に技術を身につけていきました。するとだんだんと、勉強して終わりではなくどこまで自分の力が通じるのか試してみたいという想いも強くなっていったのです。そこで知り合いに相談していたところ、「国内だったらSIGNATEのコンペティションに参加してみるのが良いかも」と勧めてもらい、数年前からSIGNATEのコンペティションに参加するようになりました。

「これは骨が折れるぞ」。それが、課題を見て率直に感じたことだった。
定期的にSIGNATEのコンペティション情報をチェックしていたのですが、今回のコンペティションについて知ったときはとてもワクワクしました。生体信号は個人情報であると同時に計測が非常に難しく、プライベートで触れる機会はあまりなかったためです。脳波や筋電位をもとにどのようなことができるだろうという興味が湧き、参加を決めました。 参加を決めた当初は両方のテーマに挑もうと思っていたのですが、課題に目を通した後でテーマ2に絞りました。データが膨大かつ、相当な工夫が必要だと感じたためです。また何度も提出して精度を確認したいという想いもあったため、提出回数に制限のないテーマ2を選びました。本腰を入れてテーマ2の課題を見て思ったのは、筋電位データと速度は単純には結びつかないであろうということ。ある程度速度が出た状態でスケートボードに乗っているのと、止まった状態のスケートボードに乗っているのとでは、筋電位データ自体はそんなに変わらないだろうと考えたためです。つまり、筋電位データに色々な工夫をして別のものに変換しなければ、正確な速度は導けないということ。これは骨が折れるぞと思うと同時に、本気で取り組まなくてはと覚悟を決めましたね。そこからは、筋電位データを何段階かに分けて加工し、加速度から速度を予測するというアプローチを取っていきました。

これまでの経験をもとに、まずは少ないデータで検証を繰り返していった
今回特に工夫したのは、少ないデータをもとにモデルを組み、ある程度性能が出ることを確認してから徐々にデータの数を増やしていったことです。この進め方を選んだのは、本業で自動車データを解析していた頃の経験があったからこそだと思います。ありとあらゆる道路に対応できる完璧なシステムを最初から作ろうとすると時間も労力もかかるし、ミスに気づくのが遅れれば立て直しが効かなくなる。そうした苦い想いを何度もしてきたため、いきなり膨大なデータに挑むのではなく、膨大なデータを少ないデータに編集してからモデルを組むようにしましたね。例えば一番最初は、0.5秒間の筋電位データの平均をとり、1つの筋電位データとしてまとめました。 こうしてデータの編集を行った後は、三次元空間におけるXYZ軸のどの方向の筋電位データと加速度が関係しているのか、一つひとつ試していきました。すると縦方向、つまりZ軸が最も加速度と関係していることが分かったため、Z軸の加速度を予測した上で、その結果をもとにY軸、X軸の加速度を予測していきました。最終的な速度への変換は、全体の加速度データからスケートボードの位置を特定し、地点ごとに速度を算出しました。

今回の結果を広く発信し、社内にも良い影響を与えたい
コンペティション期間中はなかなか上位にいけず焦る気持ちもあったのですが、残り1週間を切ったタイミングでスコアが一気に上がり始め、これはいけるかもしれないと思うようになりました。そこで、毎日3時間かけて最終調整を進め、少しでも精度が上がるようできる限りの手を打ちました。仕事との両立は大変ではありましたが、入賞できるかもと思うと全く苦ではありませんでしたね。無事に3位に入賞したことが決まった瞬間は、嬉しさよりも先に安心したのを覚えています。正直、これまでのコンペティションではあまり良い結果を残せずモチベーションが下がり気味だったのですが、今回こうして入賞できたことでコンペティションの面白さに改めて気づくことができました。今振り返ると、入賞できたのはやはりスモールステップで進めたことが大きかったと思います。データ量を削り、うまくいきそうな方法を一つずつ試していく。取り組んでいる最中は、なかなか前進できていないようにも感じたものの、大きな目で見ると着実に一歩一歩進むことができたコンペティションでした。 今回の結果を社内でも広く発信し、「AIと言えば中村」というイメージが広がっていけば嬉しいです。同時に、こうした取り組みに興味がある仲間を集めることにもつながっていけばと思います。今後、自動車技術の発展にはAIが必要不可欠なので、社員の叡智を結集し、チームで新技術の開発にチャレンジできればと考えています。

▼コンペティション参加を検討している方へのメッセージ
コンペティションの一番の魅力とは、何度失敗しても誰にも迷惑がかからないことだと思います。仕事であれば、自分の失敗によって仲間に迷惑をかけてしまうこともありますし、特に自動車業界においては失敗が事故にもつながりかねません。しかしコンペティションは、失敗によって本業に活かせるアイデアが見つかることもあるし、自分の視野をさらに広げることにもつながる。そうした意味でコンペティションは唯一無二の実験場でもあると思うので、重く考えすぎずにぜひチャレンジしてみてほしいです。