S.Kさん1

AIを用いた高度な計算や膨大なデータ処理が可能となった今、AI分析による技術革新が加速し、AI分析で扱えるデータの種類も増えている。一方でまだあまり研究が進んでいない領域があるのも事実であり、脳波や筋電位といった生体信号もその一つである。生体信号はノイズを含んでいることが多く、解析技術の発展がなかなか進んでいないのだ。しかしAIを使って生体信号をより高度に分析できるようになれば、身体能力のサポートや暗黙知の転移など、人間の能力の補完・拡張につながる可能性がある。そこで今回、走行中のスケートボーダーから記録した生体信号を用いて、脳波や筋電位から挙動を予測するコンペティションが開催されることとなった。工学知識に加え、生理学知識や電磁気学知識など多領域の知識を必要とされるコンペティションであるため、その難易度の高さに参加者たちは頭を悩ませた。 そんな本コンペティションで、テーマ1の「スケートボードトリック分類チャレンジ」にて4位に入賞したS.Kさんは、大学院の修士2年として研究活動を行う傍ら、本コンペティションに臨んだという。果たして、今回のコンペティション参加の動機とは何だったのか。そして、どのようにして入賞に漕ぎ着けたのか。取り組みにおける工夫、参加で得られた学びについて率直に伺った。


▼動画はコチラ▼


脳波が持つ可能性に惹かれ、参加を決意した

幼い頃に祖父と将棋を指していたことが、AIに興味を持つようになった原点だったように思います。その後も将棋を続けていたところ、高校時代に将棋AI「Ponanza」に出会い、AIの可能性にとても驚きました。私の将棋の実力に限界を感じていたところ、勝てる方法は強い将棋AIを創るという方法もあると考えるようになりました。そこからAIとは一体どのような構成をしているのか、どこまで能力を高められるのかが気になるようになり、AIについて学べる大学に進学。その後「画像AI×産業用ロボット」をテーマに研究を重ねる中、研究室の仲間と将来について語り合うことも増えたことで、卒業後もAIに携わりたいと思うようになりました。 コンペティションに参加するようになったのも、研究室の仲間の影響が大きいです。AI技術を高めるために積極的にコンペティションに参加している姿を見て、私もハッカソンやSIGNATEのコンペティションに挑戦してみようと思いました。最初はついていけるのかと不安だったのですが、いざやってみるとサポートが充実していて、安心して取り組むことができました。そんな中、今回のコンペティションを見つけてワクワクしました。ちょうど脳波にも注目し始めたタイミングだったためです。手足が不自由な方のために、脳波でPCのカーソルを動かす技術の開発が進んでいるという情報を知り、考えるだけでものを動かせる魔法のような技術があるのかと興味を持っていました。脳波について学ぶ良い機会として、参加を決めました。

前例を踏襲したが、うまくいかず

取り組むにあたり、まずは脳波を題材にした過去のコンペティションについて調べることからスタートしました。脳波を扱った経験があまりない以上、思いつきで進めても他の参加者と同じ土台には立てないと考えたためです。時間に限りがあることは承知の上で、モデルを組むよりも参考資料を探すことに時間をかけました。膨大な事例のなかで見えてきたのは、1次元情報を2次元情報に変換した上で、深層学習モデルを活用するというアプローチです。そこで、前例に倣ってこのアプローチで進めてみることにしました。 しかし、いざ進めてみると期待していたような結果が得られませんでした。そこで次はその原因究明に取り組んでみたところ、データの種類が関係しているであろうということが分かってきました。参考にしていた事例は安静時の脳波を使っていることが多かったのですが、今回扱うのはスケートボードに乗って激しく動いている際の脳波のため、動作レベルが大きく異ります。脳波と一括りにするのではなく、どのような脳波を使うのかという点に着目してモデルを組まなくてはいけないのだと気づかされました。そこからはひたすら脳波についての知識をインプットしていきました。脳波の判読とはどのように行うのか、脳波の種類によってどのような特性があるのかなどを調べていきました。

S.Kさん2

注いだ時間と試行回数の量。その泥臭い進め方が結果につながった

脳波について調べた結果、前処理として大きく2つの処理を行うことに決めました。一つ目は、2点間の電位差を測定する双極導出法を用いること。局所的な脳活動の変化を明確に表現できる方法のため、この手法を用いて72チャンネルの脳波データそれぞれの差分を取ることにしました。2つ目は、音や脳波といった非定常信号の解析に強く、時間と周波数の変化を捉えられるウェーブレット変換を用いること。これにより、時系列にまとめた脳波のデータを時間軸と周波数軸の両方で解析していきました。 その後、実際のモデルを組む際は非常に多くのパターンを試しました。どのモデルをどう使うか、どのような組み合わせにするかなどを細かく試していく中で少しずつ適性が見えてきたので、かなり泥臭い進め方だったのではないかと思っています。モデルが決まって精度を上げていく段階でも、とにかく回数を重ねることでなんとか糸口を見つけていきました。こうして少しずつ精度が上がっていくことにワクワクしつつも、クレンジングデータにウェーブレット変換が効果的ではないということに後から気づくなど、悔しさを覚える場面も多くありました。

S.Kさん3

他の参加者の解法と自分の解法を比較できたことが、大きな財産になった

結果として4位に入賞することができたこと、特に自分なりに工夫したポイントを評価していただけたことが本当に嬉しかったです。同時に、嬉しいだけでなく大きな学びを得るコンペティションになったと思っています。特に印象に残ったのは、必ずしも最新のモデルやアプローチが正しいとは限らないということです。私は昨今の事例から深層学習モデルを中心に考えていましたが、入賞者の中には古典的な分類モデルを使って高い精度を出している方もいらっしゃいました。最新のモデルだから、このアプローチが定石だから、ではなく、課題に合わせて柔軟に考える力が必要なのだと気づきました。今後は私も広い視野で課題を捉え、最適なアプローチを検討できるようになりたいです。 来年からは研究開発職に従事する予定ですが、これからも興味があることにはどんどん挑戦していきたいですし、何より挑戦し続けている方々と交流を深めていきたいと考えています。そうした仲間に出会い、お互いに刺激を受け合えれば嬉しく思います。そしてその先では、私が高校生の頃感銘を受けた将棋AIのように、誰かをワクワクさせられるものづくりに携わることができれば嬉しいです。

S.Kさん4

コンペティション参加を検討している方へのメッセージ

私がAIコンペティションに参加するきっかけとなったのは、ワクワクするものづくりを追求する仲間の姿に感化されたからです。今回のコンペティションにおいても、そうした熱意を持つ方々に出会えることができました。そうした刺激を求めている方や、視野を広げたいという方にはコンペティションはうってつけと思うので、一緒に参加しましょう!

この記事をシェアする