広島県「ひろしまQuest」に学ぶ地方自治体のAI活用と人材育成

高齢化や人口減少に伴う産業の衰退は、地方都市の抱える大きな問題の一つです。その解決策としてAIの活用が注目を集め始めています。DXの推進により業務の効率化や生産性の向上を図り、産業の再興を目指すものです。 しかしながら、そうしたデジタル領域における知識やスキルを持つ人材は地方都市に少なく、首都圏に集中している傾向にあります。そこで広島県では、データを活用して地域課題を解決できる人材を育成する取り組み「ひろしまQuest」を開始しました。人材育成を行いながら、人材と地域課題、企業とのマッチングを図り、課題解決までを一貫して行っています。 これらの取り組みの背景とともに、山田氏が考える地方自治体におけるAI人材育成、そして活用のあり方についてお話を伺いしました。


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技術と知識をオープンに共有して学び合う、新しい人材開発のカタチ。

はじめに、「ひろしまQuest」実施の背景についてお伺いできますか?

「ひろしまQuest」はデータを活用して地域課題を解決できる人材を育成するための一連のプロジェクトで、「ひろしまサンドボックス」という取り組みに端を発するものです。 AIやIoTなどの最新テクノロジーを活用して、県内の企業が新たな付加価値の創出や生産効率化を実現する。そのために、技術やノウハウを持つ企業や人材を呼び込み、共創できるオープンな実証実験の場。それが「ひろしまサンドボックス」です。 広島県として、ひろしまサンドボックスなどの取り組みを通じて様々なデータや課題を集積することができました。しかし、それを活用する人材がいないとデジタル化の推進は滞ってしまいます。そこで、AI人材を育成するためのプロジェクトとして「ひろしまQuest」が生まれました。

「ひろしまQuest」はどのような目的を持ったプロジェクトなのでしょうか?

目的は大きく3つ。AI人材の育成、県内企業や自治体等の課題をテーマとしたオープンイノベーションによるAI開発、そして県内企業とAI人材のマッチング及び起業創出です。 大学生や高等専門学校の学生などを主な対象としていますが、社会人も含めたより多くの方々を巻き込みながら、データを活用して地域課題を解決できる人材を育成していくことを目指しています。

従来の人材育成とはどのような違いがあるのでしょうか?

単なる人材育成に留まらず、育成の過程で、県内企業や自治体等の実課題・実データを使っています。そうしたデータの分析に基づくソリューションの精度をコンペティション方式で競い合う仕組みを取り入れているのが「ひろしまQuest」です。 地元の課題を扱うことで広島県の産業成長に寄与できるのはもちろん、座学ではなく実際のビジネス現場で学ぶことにより、参加者のスキルアップにも効果的な場を提供できると考えています。 加えて、技術と知識をオープンに共有することでスキルを身につけていく人材開発の手法自体も新しいものだと言えるのではないでしょうか。コンペティション開催後には、入賞者の解法を参加者全員に共有するため、互いに競い合い、学び合い、刺激を与え合いながら成長していける部分に可能性を感じています。

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講座、勉強会、コンペを組み合わせて人材育成と課題解決を一本化。

具体的な「ひろしまQuest」の取り組み内容についてお伺いできますか?

内容は大きく3つのステップに分けられます。 まず一つ目がeラーニング、そしてハンズオン勉強会、データ分析コンペティションになります。

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eラーニングに関しては、プログラミング未経験の初心者から実績のある経験者までレベルに合わせたAI学習が可能な超実践型オンライン講座「SIGNATE Quest」を令和元年度から提供しています。 2期目を終えておりますが、受講者数は毎年350名を越え、利用者の6割以上をデータ分析未経験の方が占めるなど、未経験者の方や学生の皆さんにもAI学習が徐々に浸透しつつあります。また広島工業大学において必修科目化し、1年次全学部で「AI・データサイエンス入門」として、「ひろしまQuest(e-ラーニング)」を導入するなど、裾野を広げています。

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ハンズオン勉強会においては、データドリブンで行政課題や地域課題に取り組むシビックテック実現のために「自治体職員及び近隣大学生向けのハンズオン勉強会」をオンラインで開催しています。広島市と東広島市の2会場で実施しましたが、両日とも30名ほどの方が参加してくださり、活発な知見共有が行われました。場所、日数ともに今後拡大させ、広島県各所でデータを活用した課題解決の動きが自然発生的に生まれることを目指しています。 そして、eラーニングやハンズオン勉強会で得た知見やスキルを生かす場として、コンペティションを開催しました。県内企業や自治体が持つ実データを分析して、与えられた課題の予測や最適化などのAIモデルの精度を競うデータ分析コンペティションです。コンペティションのテーマを変えながら、現在も進化を続けている途中です。

コンペティション成功のカギは、広島ならではの魅力あるテーマ設定。

「ひろしまQuest」は年々進化させているとのお話でしたが、どのように成長させてきたのでしょうか?

初年度は「プレQUEST」と題してeラーニングやオフラインでの勉強会を実施し、AIやデータ活用にこれまであまり接点がなかった層の興味喚起に一定の手応えを得ました。そこで次のステップとして、2年目はオンラインのコンペティションを実施したいと考えました。 選んだテーマは、野球です。多くの人が興味を持ってくれる分野であり、広島には県民に広く愛される広島東洋カープがあります。この広島ならではのテーマかつオンライン形式でコンペティションが実施できれば、県外の方も含め多くの人が参加してくれるのではないかとの狙いでした。

野球がテーマのコンペティションとは、具体的にどのような提案を募集したのでしょうか?

AI部門とアイデア部門、2部門で開催しました。AI部門では、AIを用いて配球予測を行うアルゴリズムを募集。さらに球種予測とコース予測でそれぞれ分けて応募を募りました。

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特に、球種予測部門では、35%程度の精度を担保するモデルも生まれています。精度が低く感じられるかもしれませんが、これは学習データが1年分しかないためです。データ量からすれば優秀な精度となっており、学習量を増やせば精度はさらに向上すると思われます。 これらの入賞者のモデルは、教材の1つとして「ひろしまQuest」のeラーニング受講者に無料開放しており、初心者の方でもコンペティションの正解モデルを学習できるようにしています。 今回のテーマに関しては野球の課題解決よりも、参加者みんなで課題を解きながら、学び合うことを目的に設定しました。その意味でも、入賞者の優れた解法を教材として共有することは共に学び合う場づくりに大きく貢献していると思います。

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AI活用の裾野が広がったという確かな手応え。

野球コンペティションについて、アイデア部門の成果はいかがでしたでしょうか?

AI部門とは違い、データをもとにカープを日本一に導くための提案を募ったのがアイデア部門です。DX推進のためには、AIを構築・運用できるエンジニアに限らず、データ分析や考察を行える人材も重要です。そうした人材を育成する観点で大きな意味があったと思います。 提案内容も素晴らしいものが多くありました。例えば、1位の提案では、丸選手が移籍で抜けた影響や投手陣のリード保持力及び野手陣のリカバリー力、クライマックスシリーズや日本シリーズにおける敗因などを数値化して分析・考察したものでした。データエビデンスにしっかりと基づいているだけでなく、丸選手の移籍による損失を8~9勝分とし、対策としてセンターを西川選手に固定して打撃指標を改善するなど、具体的な内容に踏み込み、かつカープ愛を感じる提案をいただきました。 このアイデアについては、広島東洋カープへも実際に伝えています。すでにペナントレースが始まっていたため、正式な回答やコメントはきていませんが、今後このようなデータ分析の機会をカープ球団とも協議のうえ開催していければと考えているところです。

両部門合わせて、期待していた成果を得られましたでしょうか?

そう考えています。特に、裾野を広げる意味では手応えを感じていますし、コンペティション応募総数は10,000件を超え、実際に数字としても表れています。 また、元プロ野球選手の里崎氏と前田氏に参加いただき、AIと対決するウェブ番組形式で結果発表会を行ったのですが、こちらも再生数が30,000回に迫る勢いで、配信では約10万世帯が視聴してくださいました。今後も「ひろしまQuest」を継続、成長させてさらに多くの方にAI人材の育成やAI活用を浸透させていきたいですね。

今後は、人材育成とともに人材活用にも踏み込んでいく。

野球コンペティションの結果をもとに、今後は予定されていることはありますか?

親しみやすいテーマだったこともあり、多くの方に参加いただくことには成功しました。次は参加者を増やすだけでなく、課題解決に繋げるところまで強く意識したコンペにしたいと考えています。実は、成果発表はまだ先になるのですが、すでにそのような狙いのコンペを開催しています。 テーマは、レモンの等級分類。画像データを活用してレモンの等級を自動分類するアルゴリズムを募集しました。レモンは、国内需要の約6割を広島県産が占めており、県の重要産業の一つです。一方で、生産者の高齢化や生産性の向上に伸び悩んでいるという課題があります。そこで、AIを使って課題が解決できないかと考えました。 野球コンペとは違い、優秀なモデルは実際に地域課題の解決や、産業再興に直接貢献できる可能性が高く、大きな期待を抱きながら現在、応募されたモデルを確認しています。

さらなる「ひろしまQuest」の進化に向けて、SIGNATEに期待しているのはどのような部分でしょうか?

SIGNATEさんがお持ちの機能は、大きく3つあると考えています。それは、コンペティション開催機能、不足するスキルを補う機能、そしてスキルを使ったキャリアアップ機能です。 これまでの活動でコンペ開催や、eラーニングを通じたスキルアップにご協力いただきました。いずれも着実に成果に繋がっており、深く感謝しています。もちろん、今後も継続してこちらの2つの機能を活用させていただきたいと考えています。 今後期待する部分で言えば、3つ目の機能であるキャリアアップ領域です。これからは、育成したAI人材に活躍してもらうことで、県内を盛り上げるフェーズに踏み込んでいく必要があります。その分野でも、SIGNATEさんには広島県内での人材と企業のマッチング環境の構築を期待しています。 今後も私たちは「ひろしまQuest」の取組を継続して、AI人材の育成・活用・マッチングを推進していく考えです。県内人材を育成するとともに、全国の優秀な方々に広島に集積してもらえることを目指しています。SIGNATEさんがお持ちのノウハウやネットワークに期待するとともに、広島県内の企業には、自社に眠っている貴重なデータや人材をオープンにして、AI人材のプラットフォーム構築に一緒に取り組んでいただきたいですね。

最後に、コンペティション開催を検討する企業や地方自治体等に向けてメッセージをお願いします。

一般的に企業や地方自治体では、成功するためのプロセスが固まっていないと、第一歩を踏み出せないという傾向があると思いますが、とりあえずチャレンジをしてみようという姿勢が必要だと思います。人材は簡単に育成できないですし、必ずやってくるDXの潮流に飲み込まれることがないように、先手先手でチャレンジしていくことが大事ではないかなと思っています。 また、チャレンジするという意識や個人の心がけもそうですし、組織作りも大事だと思います。これからは、若い方主体に物事を考えていかないと、スピード感に追いつけなくなると思います。組織の中でそういった方の意見をオープンに聞き、活用していくことが、今後ますます大事になっていくのではないでしょうか。 ※ひろしまサンドボックス推進協議会事務局主催のコンペティション詳細ページ  <ひろしまQuest2020#stayhome:プロ野球データを用いた配球予測>  <ひろしまQuest2020:画像データを使ったレモンの外観分類(ステージ1)>  <ひろしまQuest2020:画像データを使ったレモンの外観分類(ステージ2)>

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