デジタル化が加速する今、社会のあらゆる場面でデジタル技術の活用が求められるようになってきている。企業・産業においても、経営課題や事業環境の変化に対応したDX推進が必要不可欠だ。一方で、そのDX推進を行うためのデジタル人材が不足しているのが現状である。こうした課題を解決するためには、早急に人材を確保するのはもちろん、育成にも力を注いでいかなくてはならない。 そこで経済産業省は、地域の企業・産業のDXに必要なデジタル人材を育成・確保すべく、2022年度にデジタル人材育成プラットフォームを立ち上げた。(図1) 図1 デジタル人材育成プラットフォームの概要

デジタル図

(経済産業省 第6回 デジタル時代の人材政策に関する検討会資料「デジタル人材育成プラットフォームの取組状況について」より) その中で特に実践的な学びの場として立ち上げられたのが、今回取り上げる「マナビDX Quest」だ。この取り組みの大きな特長は、DX推進のプロセスや課題解決の手法を学ぶ「ケーススタディ教育プログラム」と、地域企業の現場で実際の課題解決に取り組む「地域企業協働プログラム」という2つのプログラムが用意されている点。これらのプログラムを通じて、デジタル技術の基礎知識だけでなく、実践的な課題解決能力やプロジェクト推進力を磨いていくことができるのだ。また、受講生同士の交流や地域企業との連携を深めることによって、多様な視点や経験を得られる学びの場としても注目されている。 SIGNATEは今年度、経済産業省からの委託により「ケーススタディ教育プログラム」「地域企業協働プログラム」の2つのプログラムを提供。「ケーススタディ教育プログラム」では1,000人以上の受講生が学び、「地域企業協働プログラム」ではスタートアップ企業6社と約60人のデジタル人材が協働して合計10案件のDX推進プロジェクトに取り組んだ。 そんな「マナビDX Quest」の「地域企業協働プログラム」に参加した企業の一つが、ゲノム解析を中心に事業を展開する株式会社Zeneだ。果たして、参加に踏み切ったのはなぜだったのか。そして、プログラムを通じてどのような結果や気づきが得られたのか。取り組みへの想いについて、代表取締役である井上昌洋さんに率直にお話を伺った。

既存の業務の延長線上にない、新たな視点や知見を求めていた

私たち株式会社Zeneは、個別化医療の推進とヘルスケアの効率化を目指し、DNAの遺伝子情報であるゲノムの解析事業を展開する企業です。日本で遺伝子情報活用があまり進んでいなかった黎明期から活躍するスペシャリストたちと共に、最新AIを用いたゲノム解析サービスを多くの方々に提供してきました。そんな当社の目的は、まずは高精度なゲノム解析によって疾患リスクを知っていただき、人々の行動変容を促進すること。そして本当の意味での「平等な医療」を届けるために、疾患リスクの高い方に手厚い予防サポートを提供し、医療費の最適化を実現することです。そうした未来を実現するためには、AIを用いてゲノムをより深く分析し、さらなる利活用に取り組む必要がある。バイオの世界でAIと向き合ってきた人材だけでなく、統計学やデータマネジメントのスキルが高い方、または全く違う畑で経験を積んできた方など、多様な視点を掛け合わせてアイデアを生み出したい。そう考えていた中、SIGNATEさんが「マナビDX Quest」に協力してくれる企業を探していると知り、すぐに話を聞きに行きました。 特に魅力を感じたのは、受講者の方々の多様性と挑戦心です。幅広い業界の方が参加すると聞き、自分たちでは思いつかなかったアイデアや視点を得る機会になるはずだと考えました。また、金銭的報酬を求めている方ではなく、自分のスキルアップをしたい、実際の課題解決に携わってみたいなど、挑戦心溢れる方々が集まっている。指示されて手を動かす方よりも、自ら能動的に取り組める方と一緒にチャレンジした方が得るものがあるはずと考え、思い切って参加を決めました。

Zene様3

想定外のアイデアが飛び出し、何度も驚かされた

当社が設定した課題は、ゲノム情報を利活用するための新しい知見やインサイトを発掘すること、そしてゲノム解析サービスが医療費の最適化に寄与することを証明することの2つです。どちらも非常に難しい課題ですし、答えが出ていないからこそ今もなお医療費の問題は解決されていません。それでもなんとかしなければというマインドセットで取り組んでいただける方の意見を聞きたい、ゲノム業界の常識や定説にとらわれずにアイデアを出していただきたいと考え、この課題に挑んでいただきました。 実際にプログラムがスタートすると、受講者の方々から想像以上に多くの質問が寄せられて驚きました。「この情報はどのように管理しているのですか?」「こういったアプローチは試したことがありますか?」など、前のめりな質問が多かったですね。そうした質問への返答や、ぶつかった壁の対処方法などを、毎週打ち合わせで話し合いながら進めて行きました。受講生とのディスカッションでは、私が想定していた内容とは全く違うアイデアが出てきて何度も驚かされましたね。

Zene様4

データを提供する側として特にこだわったのは、いかにセキュリティを担保するか

今回、参加企業として最もこだわった部分であり最も苦労したのが、データのセキュリティをいかに担保するかという点でした。「地域企業協働プログラム」は企業のリアルな課題解決に取り組めるのが特長ではありますが、それは企業側からすると、社外に出して良い情報とそうでない情報を見極める必要があるということ。特に当社が扱うゲノム情報は重要な個人情報のため、決して漏出などが起きぬよう、強固なセキュリティ体制を用意しました。また利害関係者の承認やリーガル面のケアなども丁寧に進め、想定されるリスクを確実に排除できるよう非常に細かく調整していきました。

こうしたセキュリティの対応がいかに大変なのか、どのような手続きが必要なのかなどを経験できたことは当社としても大きな学びになりましたが、受講者の方々にも気づきをもたらすことができたのではないかと思っています。私も一技術者として「リアルなデータに触れたい」という想いは痛いほど分かりますが、そうしたリアルなデータに触れられる環境をつくるのは非常に難しく、だからこそリアルなデータは丁寧に扱わなければいけないかということを感じていただけたと思います。そして同時に、リアルなデータに触れる醍醐味も知っていただけたということであれば、この上なく嬉しいですね。

Zene様5

オープンイノベーションに取り組むための、心構えができた

プログラムの最終報告会では、それぞれのバックグラウンドを活かしたさまざまなアイデアが出てきて非常に良い刺激を受けました。特に印象的だったのは、統計学を学んだ方とドメイン知識の豊富な方とでデータの見方が違う点。データの見方が違えばその後のアプローチも変わってくるため、進め方においてもハッとさせられる瞬間が多かったです。「地域企業協働プログラム」の学びとは、受講者だけでなく、受講者と企業のお互いにとっての学びを指しているのだと気づきました。 たくさんの発見や学びを得られたことは非常に嬉しいですが、それ以上にこのプログラムに参加して良かったと感じたのは、当社がデータの利活用に取り組んでいるということを、受講者の方々をはじめ社外に向けて発信できたことです。ゲノムを扱っているというと医療のイメージしか浮かばないかもしれませんが、冒頭でお話ししたとおり、ゲノム分野もAIの活用が急速に進んでおり、データサイエンスとは切っても切り離せない関係です。だからこそゲノムを扱う会社としてだけでなく、データを利活用している会社としての認知度を上げていくことで、より多くの方々と協働していければと考えています。今回のプログラムはその先駆けになったはずです。広く知見を掛け合わせることで、まだ見ぬアイデアを生み出していきたいです。

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▼「地域企業協働プログラム」の実施を検討している企業様へのメッセージ

まず、企業としてこのプログラムに参加するということ自体が、受講者の方々への価値提供に必ずつながります。皆さんが当たり前だと思っているデータは、社外の方からするととても貴重なデータだからです。ですので「自分たちの会社が参加しても……」と後ろ向きになる必要は全くありません。その上で大切なのは、データを受講者の方々に共有できる環境があるのか、リーガル面での問題をクリアしているかという点です。これらをクリアしているのであれば、自信を持って参加してみていただければと思います。

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