デジタル化が加速する今、社会のあらゆる場面でデジタル技術の活用が求められるようになってきている。企業・産業においても、経営課題や事業環境の変化に対応したDX推進が必要不可欠だ。一方で、そのDX推進を行うためのデジタル人材が不足しているのが現状である。こうした課題を解決するためには、早急に人材を確保するのはもちろん、育成にも力を注いでいかなくてはならない。 そこで経済産業省は、地域の企業・産業のDXに必要なデジタル人材を育成・確保すべく、2022年度にデジタル人材育成プラットフォームを立ち上げた。(図1) 図1 デジタル人材育成プラットフォームの概要

デジタル図

(経済産業省 第6回 デジタル時代の人材政策に関する検討会資料「デジタル人材育成プラットフォームの取組状況について」より) その中で特に実践的な学びの場として立ち上げられたのが、今回取り上げる「マナビDX Quest」だ。この取り組みの大きな特長は、DX推進のプロセスや課題解決の手法を学ぶ「ケーススタディ教育プログラム」と、地域企業の現場で実際の課題解決に取り組む「地域企業協働プログラム」という2つのプログラムが用意されている点。これらのプログラムを通じて、デジタル技術の基礎知識だけでなく、実践的な課題解決能力やプロジェクト推進力を磨いていくことができるのだ。また、受講生同士の交流や地域企業との連携を深めることによって、多様な視点や経験を得られる学びの場としても注目されている。 そんな「マナビDX Quest」の「ケーススタディ教育プログラム」と「地域企業協働プログラム」の両方を複数回受講し、2024年度は学びのサポート役であるコミュニティマスターも務めたのが永井大さんだ。果たして、本プログラム受講の動機は何だったのか。そして、プログラムを通じてどのような学びを得られたのか。取り組みへの想いについて、率直にお話を伺った。

「場」の熱気があることが最大の強み

業務と並行して、社内の同好の士が集まって共に技術研鑽をするAIコミュニティでリーダー役として活動しており、これまでも何度かKaggleやSIGNATEのコンペティションに参加していました。次はどれに参加しようか、コンペティション以外にも面白そうな取り組みはないかと情報を探す中、2021年に本プログラムの前身である「AI Quest」を見つけ、「面白そうだな」と思いました。数多くのコンペティションを開催されてきたSIGNATEさんが運営しているということもあって、最初は学習プログラムそのものに興味を持ちました。ただ、入ってみて何よりも刺激を受けたのは、参加者が作り上げる「場」の熱気です。業界や職種を問わず、学生から社会人までさまざまな方が参加しており、「自分のスキルを伸ばしたい」という明確な目的意識を持って参加している人も数多くいました。そうした「多様な背景」と「共通する思い」を持った人々が活発に議論しているのを見ているうちに、自分も引き込まれるように話に参加するようになりました。 人と人とが触れ合う「場」の中には、さまざまな「役」が生まれます。例えば、人に教える役、毎回良い質問をする役など、さまざまな形での貢献があります。私はと言えば、ファシリテーターとしての役を意識して動いていたように感じます。何か気になる話題があれば積極的に傾聴する反応をしたり、知識を持っている他の人と繋いだりといったことをしていました。実は、普段の生活ではこれだけ広い場の中でそういった動きをする機会はなかったのですが、マナビDX Questという場の中で役を演じることで、新たな一面を得ることができたと思います。

永井様1

参加者同士の助け合いを促す仕組みが学びを生み出す

マナビDX Questの「ケーススタディ教育プログラム」では、AIやデータ分析を絡めた模擬的なDX推進プロジェクトを通じて上流から下流までの工程を幅広く体験することができます。例えば、私が参加したAI課題のコースでは、AIモデルの作成だけでなく、要件定義や実際の運用方法の検討、導入に向けての計画策定などを学ぶことができました。その中でも特に身についたのは、語彙や知識レベルを調節して、意思決定者に説明するためのスキルです。一般的なコンペティションでは主に実装した結果だけでスコアが決まりますが、このプログラムでは人に伝える技術もセットで試される。この二つの腕試しを通じて、実際の現場で使える実戦的なスキルを身につけることができます。そこが唯一無二の魅力だと感じました。 もう一つ、このプログラムの特徴は参加者同士で教え合い、学び合うことで成り立っているという点です。教材と具体的なプロセスは用意されていますが、あくまでアプローチを決めるのは受講者本人たち。それで本当に進められるのかと思うかもしれませんが、逆に、「教えてくれる人」がはっきり決まっていないからこそ、みんなでそれを補完しようとする動きが発生します。データの見方が分からない、モデルの構築方法でつまずいているといった質問をSlackに投稿すると、一緒に付き合ってくれる人が現れる。そしてそのログを通じて、口には出していないけど実は同じ壁にぶつかっていた、という人も学びが得られる。これは非常に優れた仕組みだなと思いました。また、仕事や趣味についてなど、プログラムそのものとは関係のない話題でも盛り上がることが多く、バックグラウンドの異なる方々と交流できるのが純粋に楽しかったですね。また、参加者の人数はとても多い一方で、外部に公開されている場ではないという点も重要です。この性質のおかげで、多少の失敗を恐れずに発言できるのが、このコミュニティならではのすばらしさだと思います。

永井様2

AIに奪われない人間のあり方とは何か、を自分なりに掴むことができた

「ケーススタディ教育プログラム」を終えた後、周りの受講者に背中を押してもらって「地域企業協働プログラム」も受講しました。このプログラムの特徴は、「現実世界の問題」を学べること。企業が抱えるリアルな課題を解決するために、その企業の事業や課題の背景、使えるリソースなどを整理し、チームで解決策を考えていく。企業のその先にいるお客様のニーズや想いにも注目しながら進める必要があり、しっかりと企業の課題意識を深堀しないと解決できない問題が多かったです。また基本的に、毎年違う企業と取り組むことになるので、データがあまり集まっていない状態で何をすべきか考えるという構想のフェーズから、すでに集まっているデータをもとに事業を考えるという実験的なフェーズまで、幅広く経験を積むことができました。 大変な面もありましたが、受講して本当に良かったと思っています。特に学びとなったのは、「AIに奪われない人間の役割は何か」という疑問に、自分なりの答えを見いだせたこと。AIはデータを整理することも課題を見つけ出すこともできますが、そこで働く人の想いに寄り添うことはできません。不安に向き合ったり、想いをもって相手の背中を押してあげたりするのは、人にしかできないこと。「一人の人間として、人に対して想いを持って向き合うこと」こそが、今後も確実に、我々人間にしかできないことなのだと感じました。こうした学びを得られたのも、現場レベルの課題に取り組んだからこそだと思います。

永井様3

一人で勉強するだけでは、決して得られない学びがある

2021年に思い切って飛び込んで以来、2022年、2023年と3年連続して受講した結果、「運」にも恵まれて成績優秀賞やコミュニティ貢献賞に選んでいただきました。ただ、そうした運よりも、自ら場に入ることで「縁」に恵まれて、毎回新たな出会いを得られたことが、自分にとっての最大の収穫でした。遠方のエンジニアの方や、全く違う業界で活躍している方など、普段の業務では出会えない方と切磋琢磨できたことは、私の財産になっています。こうした出会いを通じて、技術力とファシリテーションスキルを高められたことは、これからの時代を生きていく自信につながりました。そして2024年度は過年度の表彰者から選抜していただき、「ケーススタディ教育プログラム」のサポート役である「コミュニティマスター」として参加させていただいたことで、学びの場についてさらに深く考えることができました。さまざまな学びのきっかけを与えてくれたマナビDX Questという場に対して、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。 「書を捨てよ、町へ出よう」とはよく言ったもので、一人で唸りながらパソコンに向かうだけでなく、チームで協力して一つの課題に取り組んだり、少しだけ勇気を出して、多くの人の前で発言したりすることで得られるものは非常に大きいと思います。特に、AIやデータサイエンスの領域においては、「知識」だけではなく、それが実際のどのような場面と結びつくかという「トリガー」(起点)の見つけ方が重要になると考えています。というのも、知識だけであれば、今では生成AIを使って即座に引き出すことが可能なのです。トリガーを見つけるために必要なのは、実際に色んな場に赴き、当事者として居合わせることです。企業協働では企業の方やチームメンバーと対話することで、ケーススタディでは実際の担当者になりきって考えを巡らせることで、自分だけでは得られない課題意識や観点を身に着けることができます。自分自身の経験からも、これからの参加を検討される皆さんにも自信を持ってお勧めしたいです。

▼「マナビDX Quest」への参加を検討している方へのメッセージ

普段と違う「場」に飛び込むというのは勇気が要ると思いますし、そもそもどうすれば場に入ることができるのかと悩まれるかもしれません。そんなときは、自分に対して「役」を付けてしまうことをお勧めします。例えば私の場合、先ほどもお話しましたが「ファシリテーター役をしよう」という意識を持っていました。その意識があったからこそ、誰かの発言に積極的に反応したり、あまり話したことのない人に声をかけたり、といった、自分を場の中に結びつける行動に繋がったのです。もし場に入ることができれば、きっと皆さんにとっての新たな学びが得られると思いますので、ぜひ皆さんも挑戦してみてください。

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