顧客データをもとに生産・配送を効率化する、市場を分析して新規事業を立案するなど、生産性向上や価値創出に向けた企業・産業のDX推進が必要不可欠となってきています。一方でデジタル人材が都市部に偏ってしまう、デジタル人材を確保するための教育・リスキリングが追いついていないなど、大きな課題が生じているのも事実です。そこで経済産業省は、地域の企業・産業のDXに必要なデジタル人材を育成・確保すべく、2022年度にデジタル人材育成プラットフォームを立ち上げました。(図1) デジタル人材育成プラットフォームの概要

デジタル図

(経済産業省 第6回 デジタル時代の人材政策に関する検討会資料「デジタル人材育成プラットフォームの取組状況について」より) このデジタル人材育成プラットフォームの取り組みの中で、特に実践的な学びの場として立ち上げられたのが「マナビDX Quest」です。DX推進のプロセスや課題解決の手法を学ぶ「ケーススタディ教育プログラム」と、地域企業の現場で実際の課題解決に取り組む「地域企業協働プログラム」という2つのプログラムが用意されており、デジタル技術の基礎知識と併せて実践的な課題解決能力やプロジェクト推進能力を磨いていくことが可能となっています。 本レポートでは、2025年3月4日に開催された「地域企業協働プログラム」の成果報告会に参加された企業や受講生の声をご紹介します。当日はSIGNATEの司会・進行のもと、参加企業3社が取り組みの成果について発表を行った後、受講者がプログラムを通して得た学びを共有しました。

まずはSIGNATE 代表取締役社長の齊藤により、開会の挨拶と「マナビDX Quest」事業の概要紹介が行われました。 ▼開会の挨拶・事業概要紹介 株式会社SIGNATE 代表取締役社長 齊藤 秀氏

成果報告会2

「まず『マナビDX Quest』全体の設計思想からお話しすると、一言で言えばデジタル人材育成を目的にしています。今の世の中、デジタル化が急速に進んでおり、非常に重要な局面に来ています。しかし、人材が足りないという状況が続いているのが現実です。一方で、企業側でもDX(デジタルトランスフォーメーション)が進みにくいという課題があります。この2つの課題を同時に解決できないかという、ある種野心的な考えのもと、一種のエコシステムを目指して構築されたのが『マナビDX Quest』です。 主な対象は、DXに興味はあるけど普段の業務でなかなか触れる機会がないという方や、もう一歩DXに踏み込みたいという想いを持つ方々。そうした方々に全国から集まっていただき、実践的な学びを通じてデジタルスキルを習得し、それを企業のDX推進に直結させるという仕組みになっています。具体的には、まず『ケーススタディ教育プログラム』で基礎を学び、その後『地域企業協働プログラム』で実際の企業と連携してプロジェクトに取り組むという2段構えの構成になっており、前者の『ケーススタディ教育プログラム』では架空の企業を想定したDXプロジェクトを体験します。要件定義からデータ分析、AI開発、意思決定支援に至るまで、一連のプロセスを実践的に学べるよう設計されています。これにより、受講者は理論だけでなく現場での即戦力として必要なスキルを体系的に身につけることができるのです。後者の『地域企業協働プログラム』では、受講者が実際の企業データを使い、企業とチームを組んでリアルな課題解決に挑みます。デジタル化構想の設計を支援するところから、具体的なデータ活用を実践する、新規事業を生み出すといったさまざまなパターンの課題解決にチャレンジできるのが、このプログラムの魅力の一つです。

成果報告会3

本日は、SIGNATEが提供した『地域企業協働プログラム』の成果報告をさせていただくのですが、我々のプログラムは、スタートアップとの協働にフォーカスしている点が特徴です。理由は主に2つありまして、一つは2ヶ月間という限られた時間であっても、スタートアップ経営者の方々と取り組むことで迅速な意思決定や有意義なディスカッションができるため。そしてもう一つは、実データを使った具体的な分析や新規事業へのチャレンジがしやすいためです。こうした理由に加え、新しい価値や多様な出会いを生むという観点からも、非常に有効なプログラムになっていると考えています。 今年度の『地域企業協働プログラム』には6社のスタートアップ企業と62名の受講者に参加いただき、10のプロジェクトを遂行しました。それぞれのプロジェクトでは、参加企業における具体的なデジタル課題に取り組んでいただき、着実な成果を上げています。合計で62名の方に受講いただき、受講者満足度は88%を達成しました。さらに企業満足度はなんと100%という結果になりまして、受講生と企業双方にとってプラスとなる相乗効果を生み出していることが分かります。プログラムの詳細についてはこの後お話があると思いますが、まずは皆様2ヶ月間お疲れ様でした。今回の取り組みが、これからの未来をつくっていく一つのきっかけになればと思っております。」

その後は成果報告・パネルディスカッションへ。参加企業代表者様より、事業概要や協働プロジェクトの成果についてお話しいただきました。最初にご登壇いただいたのは、株式会社Zene の井上氏です。 ▼成果報告・パネルディスカッション 株式会社Zene 代表取締役 井上 昌洋氏

成果報告会4

「弊社はゲノム情報を取り扱う会社でして、ゲノムをより身近に感じていただける世界を目指して遺伝子検査サービスを提供しております。唾液から遺伝子情報を解析し、体質リスクを把握することで将来の健康リスクを予測し、生活習慣の改善につなげること、また社会保障費を削減することがこのサービスの目的です。

今回のプログラムでは、2つの大きなテーマに取り組みました。1つは、ゲノム解析サービスが医療費の最適化に寄与することを証明するというもの。遺伝子検査をさらに普及させるためには、有効性や費用対効果などを定量的に示す必要があります。そこで受講者の方々には、検査後の被解析者に与えるインパクトや行動変容を体質傾向的に比較検討していただきました。結果として、遺伝子検査を普及させるために今後取り組むべきことを整理し、行動変容を促すコンテンツを例示することができました。2つ目のテーマは、ゲノム解析によるアカデミックなインサイトの発掘です。これまで集めてきたゲノム情報をもとに、製薬会社やアカデミアなどで活用できるインサイトの発掘や提案を行っていただきました。その結果、腎症リスクに基づく解析や長寿遺伝子の研究など、新たな切り口を提案していただきました。こうした成果の他、ゲノム情報という重要な機密情報をリモートで扱える仕組みを構築したことで、作業場所の制約をなくすことにも成功しました。

これらの取り組みはまだ継続中ですが、今後も掘り下げを進め、具体的な成果を社会に還元していきたいと考えています。地域企業協働プログラムを通じて多くの学びと可能性を得ることができました。」 続いて、株式会社みんせつ 代表取締役CEO 中安氏より成果報告が行われました。 株式会社みんせつ 代表取締役CEO 中安 祐貴氏

成果報告会5

「まずは、弊社が提供しているみんなの説明会というサービスについてご紹介いたします。簡単に言うと、上場企業が四半期に1回発表する決算に関する説明会の情報を効率的に管理するプラットフォームです。現状、多くの方にとって決算説明会は非常にクローズドな環境にあります。決算説明会自体はプロの機関投資家だけが参加できる場であり、情報は主にメールで共有されるため受け取るメールが大量になってしまう。そのため、情報管理が非常に難しいという課題が生じていました。そこで今回は、既存業務の効率化と新規チャットサービスの開発という2つのテーマに取り組んでいただきました。

1つ目の既存業務の効率化では、上場企業から届く大量のメールの中から決算発表日や説明会の情報を抽出して管理する仕組みをAIで実現することを目指しました。これらのメールは規格化されておらず、テキスト上にバラバラに書かれているため、人手で管理するのが非常に大変です。このプロジェクトでは、AIを活用して情報を効率的に管理する方法を模索しました。結果として、既存の業務プロセスを大幅に効率化できる手応えを感じています。

2つ目の新規チャットサービスでは、決算短信が出たときなどに既に公開されている情報を簡単に共有し、迅速にコミュニケーションを取れるチャットボットを開発するプロジェクトを行いました。短期間での取り組みではあったものの、半年から1年以内にはサービスとして実現できそうな感触を得られたと感じています。

これら2つのプロジェクトを進める中で、非常に有意義な成果を得ることができました。今後もこれらの取り組みをさらに進化させて、より多くの価値を提供できるよう努力していきたいと考えています。」 次に成果報告を行ったのは、株式会社JIYU Laboratories 代表取締役 高野氏です。 株式会社JIYU Laboratories 代表取締役 高野 泰朋氏

成果報告会6

「弊社の場合は他のチームの皆さんとは異なり、日本弁理士協会様と共同で進めた取り組みになります。

まず自己紹介から始めますと、私は株式会社JIYU Laboratoriesの高野と申します。『研究者を、もっとジユウに!』をモットーに、学術情報の解析ツールや電子実験ノートなどを開発しています。たとえば『jikken-note.com』というツールでは、紙のノートをスキャンしてデータ化したり、実験前のリスク確認を簡単に行える仕組みを提供しています。そうした活動の中で今回は日本弁理士協会様からお声がけをいただき、弁理士を検索できる『弁理士ナビ』というサービスを改善するというプロジェクトに取り組みました。弁理士協会様は日本のすべての弁理士が所属する非常に大きな団体ですので、今回のプロジェクトによって『弁理士ナビ』の利便性を上げられれば、発明者がより適切な弁護士の先生とマッチングをして特許出願を円滑に進められることが期待されます。

プロジェクトでは、まずチーム内でさまざまな提案を出し合い、その中から特に優れたアイデアを選定しました。その中で本日お話しするのは弁理士推薦機能に関する取り組みです。たとえば、『こういう発明を考えたけれど、それに詳しい弁理士の先生は誰か?』といった質問に対して、過去の特許データを活用し、適切な先生をレコメンドする仕組みを目指しました。現在のAI、たとえばChatGPTに同様の質問をすると、それっぽい回答が出るものの正確性に欠けることがあります。そこで、我々は『RAG(Retrieval-Augmented Generation)』という手法を使い、日本弁理士協会様が保有する特許データを活用することで、正確で信頼性の高い結果を提供できるようにしました。たとえば、『半導体製造装置に詳しい弁理士は?』という問いに対し、確かにその分野で実績がある先生を推薦することが可能になりました。

プロジェクトの初期段階では、データベースやAPIの仕様を十分に理解することに時間を費やしましたが、結果としてPoCの段階では非常に高い精度を達成することができました。この成果をもとに、今後の本格的な実装を進めていきたいと考えています。」

3社の成果報告の後、株式会社JIYU Laboratoriesのプロジェクトに携わった日本弁理士協会 弁理士ナビ検討ワーキンググループ長 奥野氏にもご登壇いただき、パネルディスカッションが行われました。

Q. 本プログラムに参加した感想を教えてください。 株式会社Zene 代表取締役 井上 昌洋氏 「このプログラムに参加する前は、新しい領域にチャレンジしたいと思っていても、リソースが限られており取り組むのが難しい状況でした。そんな中で、プログラムを通じて新しい知識や示唆をいただき、大変ありがたかったです。個人的には、他業種の方と一緒に学べる点が一番の魅力だったと感じています。」 株式会社みんせつ 代表取締役CEO 中安 祐貴氏 「今回のプログラムで、トレーニングを受けたDXの専門家と出会えたことに深く感謝しています。これまでは想いだけでがむしゃらに走ってきたのですが、今回のプログラムのおかげで、一度立ち止まって本当に事業化できるかどうかを見極めることができました。ただ、期間が短すぎたというのが唯一の課題ですね。特にドメイン知識を共有するのに時間がかかってしまったので、そこをクリアできればより充実したプログラムにできると思っています。」 株式会社JIYU Laboratories 代表取締役 高野 泰朋氏 「井上様や中安様と同じく、社内リソースが限られている中でチャレンジできたのがありがたかったです。私たちのプロジェクトもドメイン知識が重要で、課題の理解に初期段階で時間がかかってしまったのですが、そのおかげで改めて自社のデータベースを見直す良い機会になりました。また、受講生のキャッチアップ力には非常に驚きました。AIや新しい技術に対して積極的に情報を収集し、共有してくれる姿勢がとてもありがたかったです。」 日本弁理士協会 弁理士ナビ検討ワーキンググループ長 奥野 彰彦氏 「『弁理士ナビ』をどのように改善すれば良いか悩んでいたのですが、今回のプロジェクトを通じて素晴らしいアイデアをいただくことができました。優れた成果を出すことができたのは、さまざまな分野のプロフェッショナルの方々に参加していただいたからこそだと思います。私たちだけでこれだけのプロダクトを開発することは絶対にできなかったので、本当に感謝しております。」 Q. 受講生の印象について 株式会社Zene 代表取締役 井上 昌洋氏 「熱意がある方が集まっているという印象がありました。参加者同士で活発に意見を交換し合ったり、他の受講生から得た知見を自分の業務にどう活かすかを真剣に考えていたりなど、高い意欲を持って参加されていることが強く伝わってきました。」 Q. 協働の成果を最大限に引き出すために工夫したことや苦労したこと 株式会社みんせつ 代表取締役CEO 中安 祐貴氏 「プログラム期間のちょうど折り返しのタイミングで対面の会議を行ったところ、皆さんの考え方や雰囲気というものが直に伝わってきて、その後のディスカッションがしやすくなったということがありました。オンラインだけでなくリアルでも顔を合わせたからこそ、遠慮せずに意見を言い合える関係を築くことができたのだと思います。逆に言うと、もっと早いタイミングからそうした場を設けておけばよかったというのが心残りですね。」 Q. プログラムを通じて得た学びや気づきについて 日本弁理士協会 弁理士ナビ検討ワーキンググループ長 奥野 彰彦氏 「私どもの弁理士協会としては、AIについての知識を深めることができました。特に痛感したのは、AIは魔法の杖ではないということです。例えば、もし特許もITも理解している天才ソフトウェアエンジニアの高野社長が率いる優秀なチームを作ったとしても、最初から完璧なプロダクトはできません。いくらAIを使ったとしても、緻密なブラッシュアップが必要であり、そのためには開発のサポート体制をしっかり作り、予算やスケジュールを確保して、本気で取り組む必要があると実感しました。」 株式会社JIYU Laboratories 代表取締役 高野 泰朋氏 「受講者の方々が、仕事終わりや休日など限られた時間の中で真剣に取り組んでくださる姿を見て、制約条件がある中で本質的なものを追求すること、そして目標に到達するためにミニマムな解決策を打ち出すことの大切さに気づきました。」 以上で成果報告・パネルディスカッションが終了。続いて、「マナビDX Quest」修了生代表として、永井氏による学び・経験の共有が行われました。 ▼受講者による学び・経験の共有 修了生代表 永井 大氏

成果報告会9

「私はシステムエンジニアをしており、本業ではAIやデータサイエンスの分野には関わっていないのですが、社内コミュニティをきっかけにAIに興味を持ち『マナビDX Quest』に参加しました。今回は『マナビDX Quest』の学びを最大化する方法について、自分の経験則をお伝えします。 私がおすすめするのは、ずばり自分の役を見つけることです。なぜかというと、役を見つけることで、必然的に他の人との関わりを持つことができるようになるからです。言い換えると、役を見つけることで学びの「場」に入っていくことができます。それによって、周りの人々から得られる視点や知見が増え、学びを最大化させることができるのです。例として、『ケーススタディ教育プログラム』と『地域企業協働プログラム』のそれぞれについてお話します。例えば『ケーススタディ教育プログラム』では、進行役や教え役、質問役といった役を、自ら演じてみる。どう振舞えばよいのか迷うという方もいるかもしれませんが、敢えて普段の自分と違う役を演じることで、自分の新しい面に気づくことができるはずです。 また『地域企業協働プログラム』の場合も、チームで一つの課題に挑むために自分がどんな役割を持つことができるか考えることが大切です。明確な役割としてまずチームリーダーがいます。リーダーとは別に、プロジェクトマネージャーを立てることもあります。それぞれのできることに応じて、どんどん役割を持てばよいのです。リーダーからすると、そうした役を担ってくれる人がいると非常に助かると思います。技術者としてチームをリードしたり、はたまた、サポートに徹したりするのもよいでしょう。リーダーを務めることだけが正解ではないので、自分の強みを活かしながらチームに貢献していけば良いと思います。 こうして自分の役を見つけることこそが、先ほど述べたように学びを最大化させるのはもちろん、これからの時代に求められる、違いを活かして価値を発揮できる人材としても必要になってくるはずです。以上は私からの提案にすぎませんが、ぜひ、今後の参加や周囲にお勧めする際のご参考にしていただければ幸いです。」 最後に、経済産業省 関東経済産業局地域経済部デジタル経済課 木内氏より閉会の挨拶をいただきました。 経済産業省 関東経済産業局地域経済部デジタル経済課 木内 潤氏 「本日は『マナビDX Quest』の成果報告会にご参加いただき、誠にありがとうございました。私たち経済産業省 関東経済産業局地域経済部デジタル経済課は、広域関東圏と呼ばれる関東甲信越静岡を含めた1都10県に対し、経済産業政策を実施しており、特に企業のDX推進に向けた支援を行っている部署です。本プロジェクトは、株式会社SIGNATE様のご協力を得て実施され、専門的な知識とサポートにより実践的な成果を得ることができました。この場を借りて改めて感謝申し上げます。また、プロジェクトに参加された企業の皆様や受講生の方々が、業務の合間を縫って取り組んでいただいたことにも心から感謝しています。特に、本日の報告の中で休日や夜遅くまでご対応いただいた話があり、大変なご苦労だったと思います。 今日の成果報告会では、皆様が取り組んだ多様なプロジェクトが紹介されていました。スタートアップ企業との連携をテーマに、データ分析やAI技術を活用した最先端のプロジェクトが実証されたのではないかと思います。参加された皆様におかれては、企業の経営陣との対話や新たな視点でDXを進めた経験は、今後重要な役割を果たしていくことと思います。こうした取り組みは、企業がDXを推進する上での大きな参考になるはずです。経済産業省としても、引き続きDX推進に向けた支援を続け、皆様の活動がますます広がっていくよう全力でサポートしてまいります。本日は誠にありがとうございました。」 ▼まとめ 本業がある中、実際の企業の課題解決に向けて懸命に取り組んだ受講者の方々と、その熱意に向き合い続けた企業の方々に、心からの大きな拍手を送りたいです。こうした先進的な取り組みを通じてデジタル人材の育成・発掘が進むこと、そして日本全体のDXが活発化することを願っています。

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