昨今では、さまざまな企業が自社保有データを活用した業務の改善や効率化に取り組んでいる。鉄道事業を営む西日本旅客鉄道株式会社(JR西日本)もその一社だ。 JR西日本は、2017年6月の「データ戦略・CBM専任グループ」発足を機に、データサイエンスによる業務変革推進への新しい一歩を踏み出した。当時、ビジネス担当のリーダーに就任した宮崎祐丞さんは、重厚長大な企業を突き動かすためにも”成功事例の創出”の必要性を強く感じたという。 しかし、宮崎さんを含めたチームメンバーの全員がAI・データサイエンスに関する業務未経験。その状況下で出会ったのが、「コンペティションによるAI開発」という手法だった。 コンペの題材となったのは、東京と金沢を結ぶ北陸新幹線の着雪量予測モデルの構築だ。 「走行中に車両下部に付着する雪量を正確に予測することで除雪人員の無駄を省き、1日あたり最大数百万円のコストダウンを実現することが狙いでした」と宮崎さんは語る。 今回は宮崎さんに、コンペ開催までの経緯やコンペで得られた成果などを詳しく聞かせていただいた。

コンペ開催の経緯

Q.まずはコンペを開催するまでの経緯を聞かせてください。

今後、日本の労働人口が減少するにつれて、鉄道メンテナンスの担い手が減っていくことが予測されます。そのような社会に適応するためには、少ないリソースで高いレベルのメンテナンスができる筋肉質な組織を作っておく必要があります。 そこで、2017年6月にデータ分析等を駆使して鉄道メンテナンスやマーケティング分野の課題を解決することを目的とした「データ戦略・CBM専任グループ」が発足し、私はビジネス担当のリーダーとして同グループに配属されました。 JR西日本という大きな組織の中で新しい部署が社内の理解を得るためには、まず成功事例を作るということが必要不可欠です。 しかし、チームはデータサイエンスとは別領域である車両線路メンテナンス部門・電気部門などからアサインされたメンバーで構成されており、データサイエンスの専門家はいませんでした。 そこで、早急に経験者の力が必要だということになり、ブレーンとなってくれる外部パートナーの選定を開始しました。

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Q.外部パートナーはスムーズに見つかったのでしょうか?

当時は私たちもデータサイエンスの素人でした。そのため、複数の大手SIerに提案していただきましたが、プレゼンを聞いても見積書を見ても差が分からず、「ここにお願いしよう」という決断をすることができなかったんです。 そこで、私の友人であり、現在は弊社と業務提携契約を結んでいるGiXoの創業者の一人に何か良いアイディアはないか相談したところ、『Kaggle』というデータサイエンスコンペティションサイトを教えてもらいました。 SIerの実力査定にふさわしい方法だと感じただけでなく、コンペという新しい方法で成功事例を作ることは、私たちのチームに対して社内から興味を持ってもらうきっかけにもなるのではと考えました。 ところが『Kaggle』でコンペを開催しているのはNASAやAmazonなど、最先端技術を有する(と思われる)企業ばかりで……、これはハードルが高そうだなと(笑) そんなとき、とある人材育成コンソーシアムでSIGNATE齊藤代表のスピーチを聞き、『SIGNATE』という日本発のデータサイエンスコンペティションサイトの存在を知ったんです。「これだ!」と思いましたね。その場で齊藤代表と名刺を交換し、後日詳しく話を聞くことになりました。

コンペテーマの選定理由は?

Q.「着雪量予測」というコンペのテーマはどのように決めたのでしょう?

私は以前、黄色い新幹線「ドクターイエロー」という新幹線の線路保守を担当する部署にいました。そのため、着雪予測に必要なデータがある程度揃っていることや、そのデータは公表しても大きな問題がないことを理解していたことは大きな理由のひとつです。 これまでは気象情報会社のデータをもとに、翌日に雪落としが必要か否かを判断していました。しかし、その方法では予測が外れてしまうこともあります。 実際、雪落としに出動しても、ほとんど雪が着いていなかったというケースも少なくなかったんです。 北陸新幹線の除雪作業には1日に20名以上の人員を手配することになります。そのための人件費は数百万を超えるため、正確な予測に基づいて出動回数を必要最小限に抑えることができれば、1日あたりの人件費を大幅に削減できる可能性がありました。

社内の反対は?

Q.コンペ開催という新しい試みに、社内から反対はありませんでしたか?

今は外部テクノロジーの発達が目覚ましい時代であり、それを取り入れていかなければいけないという考えはすでに各部署に共通して存在していました。だからこそ、部署に横串を刺してその動きを強化するために、私たちのチームが立ち上がったわけです。 とはいえ重厚長大な企業ですから、賞金を懸けてのコンペに社内から反対の声があがることはある程度想定していました。 ところが、実際は反対意見が想像していたより少なかったんです。 幸か不幸か、当時はまだ私たちのチームへの注目度が低かったからかもしれません。「コンペをやります!」と言ったときも、周囲の反応が薄かったというか(笑) 反省点を挙げるとすれば、実際に雪落としの現場を支えている金沢支社にプロジェクトの説明をするのが遅くなってしまったこと。しかし、完成したモデルによる着雪量予測の精度を見せることで、最後には納得してもらうことができました。

コンペはどのように進行した?

Q.開催が決定してからは、どのように進んでいったのでしょう?

齊藤代表と打ち合わせを始めたのが2017年の秋くらいです。 その際非常に助かったのが、課題設定からコンペで得た結果をどのようにビジネスとして実装するか、そしてそのROIを最大化するためにはどうしたら良いのかというところまで、齊藤代表が一気通貫で手伝ってくれたことです。 課題設定のプロセスで大事なのは、「●●を見つける」とか「××を予測する」だけではなく、その影響範囲や実稼働における時系列などを考慮して関係者と「こういう仮説のもと、こういう状態であればこのコンペに投資する意味がある」と握ること。そこまで出来て初めてコンペ(=AI開発)を実施するべき、というのが今回の一番の学びだった気がします。 こういった初めてのプロジェクトの場合、「●●を検討」とか「××と調整」とか、とかく抽象度の高い言葉が並びがちなんですが、それを可能な限り排除していき、「いつ、どこで、だれが、どうやって、なにをする」を固めていく。課題を設定するうえで最も基本的なことで、でも見落としがちなポイントだと思います。 今回開発した「着雪量予測モデル」は、今の状態で今を判断するわけではなく、今手元にあるデータで明日(未来)のことを予測し、判断するわけで、まずは「いつまでに明日のことを決めるんだっけ?」を決めなくてはなりません。それまでは時間軸で物事を決める業務設計をしたことがなかったので、最初はそこの抽象度も高くて。 ですが、齊藤代表との壁打ちを経て最終的には「何時までに気象庁の降雪量予測データをインプットしなければならない」という具合に、数学的に言語化できるようになっていきました。

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*Aldebaran(アルデバラン)とは、AIaaS(AI as a Service)方式にて提供するAI・機械学習モデルの管理・運用及び再学習を実現するプラットフォームです。AI・機械学習モデルの実行環境を構築することなくAPIベースでAI・機械学習モデルが利用可能で、自社アプリケーションとの接続も簡単。そして、再学習サポートも万全なAI活用の強いミカタです。

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良いモデルを調達できたこと以上に、素人だったチームがコンペを通じて組織能力を上げることができたことが良かったですね。抽象度を排除して、何をすべきかを計画できる組織が完成されていない企業は、実は手に入れるモデル以上に重要だと。今振り返っても、そう思います。

コンペで得られた成果

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Q.コンペ開催によって、具体的にどのような成果を得られましたか?

成果は大きく分けて3つありました。 まずは、予測精度の高いモデルを得ることができたという点でとても満足しています。コンペを通じて調達した入賞モデルは、受け取ったソースコードをベースにしながら、より実装に即した形にアップデートした上で、着雪量予測AIとして現在も稼働中です。 2つ目は、ベンダーの実力査定が実現したことです。パートナー候補であるベンダーを比較したくても、判断軸がわからないという悩みがありました。そこで今回のコンペには、複数のベンダーにも匿名アカウントを作って参加してもらったのです。中には上位に食い込んだベンダーもあり、自社での対応が難しい課題は、彼らにいつでも相談できる体制を整えました。 そして3つ目が、今回のコンペが社内の”人材発掘”に大きく貢献してくれたことです。 社内にもコンペの開催を告知して参加募集をしたところ、弊社の社員が4名参加しており、うち2名が3位と8位に入賞したんです。なんと、匿名で参加してもらったベンダーよりも順位が高いという結果になりました。 1名は自動改札機のメンテナンス部署に属しており、もう1名は新幹線の運転士でした。 2名ともデータサイエンスには趣味で取り組んでいたそうです。 今では異動して私のチームに所属し、自らAIモデル構築やビジネス実装を手がけるほどの戦力に成長して活躍中です。 さらにもう1名、今回の着雪量予測の事例に影響を受け、ゼロからデータサイエンスの勉強を始めた社員が、他社が開催したコンペで優勝したんです。 彼は私にメールをくれて、「ぜひ、そちらのチームに加えていただけないか」と。 すぐに彼の上長に話をして、今年(2021年)の6月からは私のチームに来てもらうことになっています。社内でデータサイエンスにマッチする人材を見つけられたということは、最も想定外で嬉しい成果でした。

Q.よりモチベーションの高い人材を発掘できることにつながったというわけですね。

そうですね。SIGNATEのコンペは、社内の人材探しにも適していると思います。 他にも、部下の実力を測りたいときに、終了したコンペに再挑戦できる「SOTA(State-of-the-Art)Challenge」に参加してもらい、即戦力になるかの判断材料としています。 実際、コンペで発掘した人材が自動改札の故障モデルを開発し、それが日経新聞に取り上げられたこともありました。これを機に我々デジタルソリューション本部は、社内はもちろん社外からも先端のチームとして認知していただけるようになりました。 本当にコンペを開催してよかったと思いました。

最後に

Q.ありがとうございました、最後にメッセージや展望をお願いします。

今後はコンペ開催を通じて作成したAIモデルを他社に販売して収益化していくなど、新たなビジネスに発展させることも視野に入れています。 コンペによって優れたモデルを手に入れることができただけでなく、コンペを通じて素人同然だったチームの組織能力を上げることができたというのは大きな成果です。このように、社内でデータサイエンスに関する事業の基盤を作ること自体、企業にとって大きな財産になるのではないでしょうか。 <西日本旅客鉄道株式会社(JR西日本)のコンペティション詳細ページはこちら>

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