巨大な荷物を運ぶクレーンは工事現場や建設現場になくてはならない存在だが、一方で解決が待たれる課題も山積している。クレーンの操縦には高い技術が必要とされるが、後継者不足により熟練オペレーターが減少。また、クレーン転倒などの重大事故が発生しているのも事実だ。生産性と安全性を向上させるためにも、こうした課題を速やかに解決する必要がある。 そこで立ち上がったのが、世界各国へ建設用クレーンを製造・販売するタダノだ。タダノはAIに着目。AIによってクレーン操作を自動化し、人の力を使わずにクレーンを扱えるようになれば、労働力不足にも対応でき、人為的事故も激減するはず。そんな未来の実現を目指して始まったのが「タダノ クレーン旋回操作最適化チャレンジ」コンペティションだ。コンペティションの開催経験がない中で、タダノはどのようにして開催まで漕ぎつけたのか。そして、開催結果とその影響はどのようなものだったのか。二葉氏にお話を伺った。
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クレーン製造のスペシャリストとして、次世代のクレーンを生み出し社会に貢献する使命がある。
当社は、日本初の油圧クレーンを開発した会社として、創業から100年以上にわたりクレーンや高地作業車の製造・販売の事業を手がけてきました。現在はLE(Lifting Equipment、日本語では(移動機能付)抗重力・空間作業機械)を事業領域に定め、【長期目標】LE世界No.1、海外売上高比率80%、平時の営業利益率20%を掲げ、取り組んでいます。 特に今注力している分野の一つが、クレーン操作の自動化です。労働人口減少によるクレーンのオペレーター不足や安全性の問題など、建設業界はさまざまな社会課題を抱えているためです。加えて、社会のあらゆるところで自動化が進んでいる中、建設業界も自動化を進めなければ時代に取り残されてしまう。こうした背景のもと、AIを用いたクレーン操作の実現に向けて技術開発に取り組んできました。 しかし、当社にはAIの知見は蓄積されていなかったため、社内でできることは限られています。そのため、大学との共同研究や、AI技術を持つ企業と共同開発を進めてきました。そこで得られたものも大きかったのですが、より広くアイデアを募ることができれば、さらに開発を加速させられると考え、オープンイノベーションを取り入れることを決めたのです。当社にはオープンイノベーションのノウハウがなかったのですが、この取り組みでやり方を確立することができれば、自動操縦に限らず当社のあらゆる開発に外部の知見を取り込むことができる。会社全体の開発レベル向上にも貢献できるのではとの想いもありました。

専用シミュレータを開発。好奇心をくすぐる課題設計を用意し、SIGNATEでコンペティションを開始。
オープンイノベーションを実践する手段として目をつけたのがコンペティションでした。コンペティションであればAIに精通する優秀な人材の知恵と技術を借りることができるからです。では、一体どんな内容にしようかと考えたときに重視したのが、タダノならではのテーマでコンペティションを開催すること。独自性が高く、珍しい課題設定でなければ参加者の方々の参加意欲を沸かせられないと思いました。その結果辿り着いたのが、自社開発したシミュレータを提供し、クレーン旋回操作を最適化するAIアルゴリズムを作成していただく方法でした。 あまり例をみない複雑なオーダーなため、コンペティションのプラットフォームは、それに応えてくれる柔軟な企業を探す必要がありました。最初はKaggleも検討しましたが、こんな複雑なオーダーに対応してもらうのはハードルが高いと思われる状況でした。当社の考えに沿ってさまざまなオーダーに応えてくれる企業はSIGNATEさんしかいないとの結論に至り、SIGNATEさんで実施しようと決めました。

コンペティション開催までは波乱万丈の連続。それでも、開催意義があると信じて突き進んだ。
コンペティション開催に向けて、まずはSIGNATEさんに「そもそもこんなコンペティションって成り立ちますか?」と確認するところから始まりました。開発したシミュレータのプロトタイプをSIGNATEさんにお渡しして、本当にAI作成が可能か検証していただいたり、課題の難易度が適切か実際に解いていただいたり。細かな部分まで含めて日々伴走していただき、内容の調整を重ねました。 しかし、初めてのコンペティション開催ならではの壁も多かったです。社内には「本当にコンペティション開催できるの?」と不安を抱いている人も少なくなく、まずはコンペティション開催を主導するチーム内で意思を統一し、他社事例や開催価値の検証資料などを用意して、コンペティションがいかに有用であるか、どれだけの効果が見込めるかを丁寧に説得していきました。 さらには、コンペティションの開催そのものが白紙に戻りかけることもありました。コンペティションの内容を精査する中で、モーションコントロールの課題にフォーカスしすぎて課題解決の視野が狭くなり、そもそもの開催意義の説得力が弱まってしまっていたためです。一度立ち止まってこのコンペティションの意義を再考し、外部の力を借りたさまざまな開発手法や知識の収集方法を習得し、内部にフィードバックすることに意義があるという結論に至り、無事に開催することができました。

自分たちでは辿り着けなかったアプローチを知り、オープンイノベーションならではの魅力を実感。
準備を重ねていざ開催すると、早い段階から高い精度のアルゴリズムが集まり驚きました。またフォーラムではコンペティション内容に関するブラッシュアップの意見もいただき、適宜修正をかけていきました。 開催を終えた今、結果には非常に手応えを感じています。こちらが想定していなかったアプローチが多く寄せられたのが特に印象的でした。例えば制御手法について、当初はクレーンの吊り荷の位置を逐一観測するフィードバック制御の手法を想定していました。というのも初期状態の観測で制御を行うフィードフォワード制御は、クレーンの個体差や測定ノイズへの対応が難しいというためです。しかしフィードバック制御は難易度が高く精度(スコア)を上げるのに時間がかかるという課題があります。この課題に対して参加者の多くは、個体差やノイズを含んだ動作の特徴を学習させた上で、まずはフィードフォワード制御を行い、要所でクレーンの状態を元に制御にフィードバックする事で、開発時間や難易度と、精度(スコア)のバランスをとっていました。このように複数の視点で考えることで自分たちでは辿り着かなかったアプローチに気づくことができ、オープンイノベーションならではの魅力を強く実感できました。今回集まった手法を活用し、当社がこれまで培ってきた知見と組み合わせることで、さらなる技術の発展を目指せると確信しています。 また、シミュレータを使ったコンペティションは業界初の試みでしたが、だからこそ好奇心を刺激し、多くの方々に参加していただけたと思います。今回の挑戦はタダノのみならず、建設業界の今後を切り開く機会になったのではないでしょうか。 今後の展開としては、クレーンの全操作が可能なモデルの開発を行うコンペティションを開催したいですね。ウインチの長さの調節や起伏に合わせた動作や、風などにも対応できるような技術が生まれれば、製品化にグッと近づき、社会への貢献度も大きくなると考えています。今回の開催で社内外に与えた影響も大きく、社内からは「どんなテーマ設定ならコンペティションとして成立しますかね?」と質問が寄せられました。徐々に、開発にコンペティションを導入することへの興味も生まれているように感じるので、これを機に全社的にオープンイノベーションを取り入れる動きを加速させていければと思っています。

「コンペティションの開催」を検討している企業・組織へのメッセージ
コンペティションを開催するにあたって、何かしらの困難は絶対に出てくると思いますが、そこで立ち止まらずに突き進むことが大切だと思います。そうは言っても、自分だけでできることには限りがあるので、分からないことは周りの力を借りて進めていくといいのではないでしょうか。そもそもコンペティションとは、多くの人の力を借りて課題を解決していくもの。コンペティション開催中だけでなく、開催前もみんなで困難に向き合うことで、乗り越えていくことが大事だと思います。 <株式会社タダノ「タダノ クレーン旋回操作最適化チャレンジ」のコンペティションの詳細ページはこちら>